食事に何時間もかけるのが苦手てす。。
コース料理のように少しずつ、何品も、2時間以上など終わった頃には疲れ切っている。
繊細な舌も持ち合わせていないし、酒も飲まない。何より、長時間、上品にご飯を食べ続けるという行為がものすごく居心地悪いのです。

この時間で、本を読めたし仕事も進んだ。体も動かせたではないか!!
そう思ってしまう自分がいます。
もちろん美味しいものは好きです!
ラーメンも、焼肉も、鯛茶漬けも大好きでマグロも大好物です。フルーツたっぷりの、フルーツが主役の高級パフェも気が向けば食べに行ったりします。
しかし、よく分からないものが層になり、硝子の蓋をあけ煙の中から登場する高級パフェには、正直こう思ってしまう。
「……騙された」
そして会計の時に心の中で叫ぶ。
「二度と行くかっ!」

どうやら大人気の店らしかったのてすがなおさら複雑でした。
年々、この傾向ははっきりしてきています。そして、それをほんの少しだけ残念にも思っています。
なぜなら、長時間の食事を優雅に楽しめるほうが、なんとなく人間的に余裕があるように見える気がしませんか?
一方で、さっと出てくる美味しいものをガガッと食べて満足する姿は、ちょっとガサツと思われていそうで、それがとても悔しい。
「昭和の体育会系にはそういう人多いらしいよ。『腹に入ればみな同じ!早く食って次だ!』みたいな考え方」と含みのある笑顔でそう言われたら、「クソー」と思うがぐうの音も出ない。確かに一理ある。
なぜ優雅な食事が苦手なのか?
理由は、たぶん食事を“行為”ではなく“タスク”として捉えてきたその癖だろうと振り返りました。
空腹を満たす→次に動ける状態を作る→回復する→稽古する。
それが食事というものなのだ!
「時間がかかる」「意味を説明される」「その場に留まり続ける」
こうした状況に、心がソワソワしてきます。「無駄に止まっている」感じが、とても落ち着かないのです。
もう一つあります。
優雅な食事は、否応なく「今の自分」と向き合わせてきます。
疲れや衰え。集中力の変化など。
ガガッと食べているときは、
それを感じずに済む。
つまり私は食事を通じて自分向き合う時間が苦手だったのではないか………そんな結論に達しました。
しかし体も、集中力も、回復力も、昔と同じではなくなってきます。だからこそ、これからは食事をただの栄養補給ではなく、五感で受け取る時間にできるようにしていったほうが良いのかもしれないと頭では思い始めました。(心はまだ納得していないが)
優雅になる必要はないし、コース料理を愛さなくてもいい。そんな必要はまったくないけれど、ただ、「見た目を一瞬眺める」「よく噛む」「今の自分の状態を知る」
それくらいは、ちゃんとやろうと思い始めました。
食事を五感で楽しむメリットはあるそうです。
まずは 自分の調子に気づける。
五感を使って食べると、
「今日は噛むのがしんどい、集中力が落ちている、思ったより疲れている」
こういう体のサインに気づきやすくなります。ガガッと流し込む食事では、調子が悪いことにすら気づかない。調子を崩してから分かるより、先に気づけるほうが強い。これは年齢を重ねるほど、
差になります。
さらに五感を使うと、副交感神経が働きやすくなるので結果
「消化が良くなる、胃腸の負担が減る、睡眠の質が上がる」
つまり、同じものを食べても回復効率が違う。早く体が回復してくれるのてす。
気合で食べるより、静かに味わうほうが、次の日が楽になる可能性が高いというわけです。
さらに感情のコントロールがうまくなるという話も!
五感で食べる人は、感情の切り替えも上手いそうです。
食事中に、「匂いを感じ」「温度を感じ」「噛み心地を感じる」まさに食事と向き合う時間=自分と向き合う時間!マインドフルネスではないかっ!
この小さな集中が、イライラや焦りをリセットしてくれる……
少し心の余裕が生まれるわけです。
長い食事の時間を僕は「止まっている」と感じる脳のクセがついているようですが、止まる=弱い、ではないし止まる=無駄ではないということが少しずつは否が応でも感じるようになりました。
止まって自分と向き合い自分を知る時間は非常に大切!
ずっと止まらず走り続ける人は、転んで怪我をする。自分で止まれる人は、必要なときに立て直せる。大怪我の前に気づけるわけです。うーん、今の僕の腰の痛みをズバリと言い当ててきているようです。
これは、武道的にも、人生的にも、かなり重要な能力でしょう。
五感で食べるというのは、
人生を丁寧にすることではない。
僕自身を壊れにくくすることだ!
派手さはないが、地味な基本稽古のように、必ず自分の力になります。
僕はたぶん、一生、煙の中から出てくるパフェを理解できないですが、ただ、「腹に入れば同じ」と言い切って切り捨ててきた時間の中に、実は回復のチャンスや自分と向き合う時間があったことだけは、認めてみようと思います。
ちゃんと味わえる人間になろう。まずは、ラーメンをゆっくり噛むところからです。
人生の深みを増す修行は、もう始まっています!



